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【話題のバイトテロ問題】所感 ※追記

イケハヤ氏の意見を受けて、
前提条件や論点がずれていると議論になりません。よくあるのは、論点が一致してそうだけど、そのレイヤーが違うとか。
例えば、担当者と管理職、それから経営者では論点のレイヤーが異なっていることが多々あります。
その要因の一つに、それぞれの立場が違うことがあります。
担当者はより実務の枝葉のことに着目しますし、経営者は物事の本質や経営課題に着目します。
さて、本題に入ります。
考えることが大事だとこれまで記事にしてきましたが、今回は、前提条件の相違が考え方にどう影響及ぼすか。
イケハヤ氏の意見と私の記事内容を比較することでみてみます。

「バカな若者に責任を負わせるのは酷。」

優しい発言です。
結論として社会全体で責任を取っていくべきというのは私の昨日の記事と一致しています。
結論に至るまでにおいても、共通して取り上げている前提があります。
・バカな若者が一定数いる
・SNSによって明るみになった
ただし、以下が異なるところ。
・責任の所在
ひろほーく)
社会、企業、個人それぞれにある。
→特に個人は、企業の信頼を損ねたことに対する責任をとる必要がある。(ということを、前提に話を進めてました。)
イケハヤ氏)
社会にある。
→個人が責任をとるには大きすぎるので、容認しよう。
どこの視点で、この事象を捉えているか。
これが異なるところです。
私は企業に勤める身なので、企業目線で見てしまいます。
逆にイケハヤ氏のように個人で生計を立ててるのであれば、個人目線となるのも分かります。
このように、違う立場でモノを言っています。
どちらが正しいとここでは言うつもりはありません。
前提や条件が変われば「考え方」も変わる、というのを言いたいがために、今回取り上げてみました。
以上です。

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